「心理的安全性」と「競争」の間には根本的に緊張関係が存在するのか?「心理的安全性」は、「競争の世界」での成功にどのような影響を及ぼすのか?今回はこれらの疑問に答え、スピードよりもレジリエンス(回復力)が重要視される時代に、成功するチームとは実際にどのようなものなのかを考えてみます。
チームビルディングのワークショップやイベントのファシリテーターとして、私たちインバイトジャパンの製品やアイデアがどのように機能しているかを実際に見ることができるのは、この仕事における最高の喜びの1つです。私たちは、チームビルディングを成功させるための企画、デザイン、制作、運営に関して長年の経験を持つエキスパートであると自負していますが、慢心することなく常に学習し、改善と成長のための新しい方法を見出し続けることを心掛けています。
そして、私たちのプログラムに対するクライアントの反応を直接見ることは、その一助となっています。私たちが設定した課題に参加者がどう対処するかを観察し、参加者を適切に導くために、どれだけ上手くゲームをデザインできたかを客観的に評価することができるからです。
また、ワークショップの場合、チームビルディングのコンセプトに関する洞察を得ることで、私たち自身の理解を深めて拡大することができ、ひいては今後のワークショップでよりインパクトのある情報コンテンツを作成するのにも役立ちます。
今週、インバイトジャパンではある企業を対象に「オンラインゲーム+心理的安全性ワークショップ」のプログラムを実施しましたが、これはまさにその好例でした。10名程度の参加者に対してファシリテーターが2名居たため、ディスカッション中の発言にしっかりと耳を傾けることができたのも良い学びになったと思います。
私が担当していたチームでは、オンラインゲーム(今回はOKINAWA ADVENTURE)のプレイ後のディスカッションにおいて、参加者から思わず立ち止まって考えてしまうような発言がありました。私はその時の話をすべて書き留めたいと思い、それを聞きながら頭に浮かんだ新しいアイデアをメモに書き連ねましたので、ご紹介します。
心理的安全性と競争の緊張関係
彼らの話の要点は、心理的安全と競争の間に存在する緊張感についてでした。私の担当グループのメンバーは、『心理的安全性の講義で学んだことと、全員が同じペースで進んでいると安心して感じることの重要性を頭に置いていたにも関わらず、競争心が勝ってしまった』と指摘しました。勝ちたいがために、ゲーム中の心理的安全性の確保が疎かになってしまったと、反省を口にしたのです。
最終的に、彼らはもう一つのチームに勝利しました(ゲームの進捗具合で相手チームを上回った)が、その勝利は、少し時間が経つと、自分たちの中で空虚なものに思えてきたと言っていたのが印象深かったです。
興味深いのは、勝利のために手を抜こうとする姿勢が、チームメイトと自分自身に向けられることです。その中で、『チームメンバーの話を聞いたり、手を差し伸べたり、みんながついてきているかどうかを確認することが、あまりできていなかった』という指摘がありました。
同時に、中には『自分が困っているとき、助けが必要なときに声を出せない』と感じているメンバーも居ました。あるメンバーは、『ゲームの途中で迷いが生じたが、それを口に出すと他のメンバーの足手まといになるのではと心配した』そうです(他のメンバーも同意見でした)。
また他のあるメンバーは、ゲーム中に技術的なトラブル(画面がフリーズし、選択肢をクリックできなくなることがあった)が発生した際のやりとりについて話してくれました。彼女は私たちゲームマスターが原因究明を手伝おうとすると、『勝ちたかっただけだから、(解決したのであれば理由は)どうでもいい』と拒否していたのです。
私が目の当たりにしたのは、競争のために心理的に安全でない環境が徐々に定着し、それがある種の恐怖を生み出し、その恐怖がチームメンバーを発言不能にするという形で現れているという光景でした。
競争が心理的安全性に与える影響
このディスカッションでは、「心理的安全性は2つのレベルで作用している」ということが明らかになりました。それは「他のメンバーと関わる能力(助ける、手を差し伸べる、相手のニーズに耳を傾けるなど)」と、「自己主張の能力(自分のために立ち上がる、ニーズや意見を表明する、自分の考えを共有するなど)」です。
チームが競争のみに重点を置いた場合(あるいは競争が心理的安全性を上回った場合)、一体何が起きるのでしょうか?
- メンバー全員にとって心理的に安全な環境を作るためにチームが立ち止まることがなくなります。立ち止まってしまうことで、より重要なタスクや、競合他社に対して優位に立てるタスクに時間を割けなくなることを恐れているからです。
- 個々のチームメンバーは、チームのペースを落とすことを恐れ(後でも触れますが、時間の重要性に注目しましょう)、また、メンバーから「愚かで非効率的な人」と見られることを恐れて、問題があっても発言をしなくなります。
成功の再定義:心理的安全性が競争に与える影響
チームの議論を聞きながら、私がずっと考えていたのは「心理的安全性と競争はどう両立するのか 」ということでした。結局のところ、私たちは競争に支配された社会に生きています。多くの人が競争を「成功とは何か」を定義するための方法にしており、競争を必要な原動力として内面化しています。言い換えれば、競争は無視できるものでも、チームの居心地を良くするために排除できるものでもないということです。
しかし、競争によって実際に達成できること、そして成功が実際にどのようなものであるかについての視点を変えることは、可能かもしれません。
先ほどのチームを例に考えてみましょう。ここでも、この社会で成功を定義する尺度によれば、彼らは「勝った」ことになります。より多くの課題を解決し、対戦相手よりも良い結果を出したのですから、そう言えますよね。
しかし、彼らの会話を聞いていると、全員が「自分達が勝者だ」と感じているわけではないことがわかります。彼らの多くが、ゲーム中「勝つため」に自分の欲求(アイデアの発信や助けを求めることなど)を抑えていたにも関わらず、終わってみると、勝っても想像していたほど良い気分にはなれなかったのです。(誤解がないように、彼らは皆、ゲームそのものやプログラム全体を十分楽しんでおり、勝利に対する感情が影響を受けただけなのだということは強調しておきます。)
もし、同じチームがもっとゲームを重ねたらどうなるのでしょう?もしかしたら、最初の勝利がモチベーションになって、さらに何戦か勝てるかもしれません。しかし同時に、心理的に安全な環境を作ることができなかったために、最終的に追いつかれてしまう可能性もあるでしょう。
おそらく、自分の欲求を抑え続けていたメンバーは、やがて「意味のない勝利」に興味を失い、あまり積極的に参加しなくなるのでしょう。もしかしたら、それが将来、チーム内で大きな問題(恨み、孤立感、チームワークの欠如など)に繋がってしまうかもしれません。
このことは、「チームにおける成功の定義」を見直すきっかけを与えてくれています。成功が真に共有されていないとき、そしてメンバー全員に利益をもたらさないとき、それは本当に成功と言えるものなのでしょうか?もし、心理的安全性がチームメンバーにより充実感を与え、その結果、次のラウンドに参加するモチベーションを高めるようなフレームワークを生み出すとしたら、たとえ時間がかかったとしても、長い目で見ればチームの競争力を高めることになるのではないでしょうか?
競争への視点の変化:時間とバランス
実は、心理的に安全な環境をつくるには時間を要します。他人のニーズに耳を傾けるには時間が掛かるし、フィードバックを確認するにも時間が掛かるし、私たちの多くが育ってきた職場文化の有害で制限的な側面の多くを元に戻すには時間が掛かるからです。
しかし、長期的にはチームをより強く、より競争力のあるものにするのですから、その価値はあるでしょう。問題や危機に対処する能力も高まり(これについては後ほど詳しく説明します)、チームはより一体感を持つようになります。そして、勝利がより大きなものの一部となることで、勝利を勝利として感じられるようになるからです。
しかし、それにはバランスも必要です。チームには無限の時間があるわけではありませんし、急ぎのタスクや課題もあります。また、先ほど述べたように、原動力となる競争も無視できません。だから、バランスが重要なのです。チームは心理的安全性と競争の両方が何を達成するのか、その限界は何か、そしてチームとメンバーの特定のニーズを満たすために、両者のバランスをどのようにとるのかを理解する必要があるのです。
もちろん、これは簡単なことではありません。そして、今回のチームが学んだように、1時間のうちにすぐ身に付けられることでもありません。しかし、心理的安全性と競争の間にあるこの緊張感を意識することは、その緊張感を利用して、競争とそれが本当に意味するものに対する見方を変える第一歩となります。そして、その緊張感を両者の調和したバランスに変えていくプロセスの一部でもあるのです。
今、世界で起きていることとの関係:ポリクライシス、レジリエンス(回復力)、アダプティビティ(適応性)
最後に、これらの考え方が今世界で起こっていることとどのように結びついているのかを、ズームアウトして見てみたいと思います。今年のダボス会議(政治・経済のリーダーやシェイパーが集まる年1回の会議)では、「ポリクライシス」が流行語になっていました。これは基本的に、危機の上に危機が積み重なり、連鎖的に危機が発生する状況を意味します。例えば、サプライチェーンを混乱させる世界的なパンデミック、エネルギーと食糧の生産を制限するヨーロッパでの戦争、そして気候変動の危機などです。その結果、特に発展途上国にとっては、実に脆弱で危険な政治・経済環境となる可能性が出てきてしまっています。
心理的安全性と競争との関連は何でしょう?多くの人が、『もし私たちが競争や経済成長だけに全力で取り組むのではなく、レジリエントな(回復力のある)経済を構築することにもっと注力していたら、世界はもっと良い状況にあっただろう』と考えています。もし、私たちがとにかく早く発展しようと急がなければ(またスピードの必要性ですね)、おそらくこれらの問題がまだ対処可能なうちに、時間を掛けて対処していたことでしょう。(より安定したローカルなサプライチェーンの構築、カーボンニュートラルなエネルギーシステムへの移行など)
心理的安全性は、チームのレジリエンス(回復力)の基礎となるものだと考えてください。危機(または複数の危機)に耐え、それに応じて適応できる強いチームを作るためには、チームは時間を掛けて心理的安全性を養う必要があります。『誰よりも速く、誰よりも遠くへ行きたい』という競争心と、『その気持ちが、一日の終わりにはチームを弱体化させる』という知識のバランスを取る必要があるのです。今週、私のチームが学んだように、単に勝つだけでは、必ずしも良い気分にはならないのですから。